野生食材探索家・酒場料理愛好家 矢野の育児ライフ@福岡

食をテーマにした育児ライフを送っています。

ズボラ人間とガサツ人間は相容れないのか?それとも?

僕はズボラだ。

下着がなくなるまで洗濯をしないタイプ。
定期的に何かをするのは苦手である。

しかしひとまず何かを始めると
徹底的にやってしまう傾向がある。

食器を洗いだすとシンクをタワシで磨くし
ゴミ出し日であればゴミ受けを取り外し
排水トラップ、排水パイプまで掃除する。

取り掛かると中途半端に終われなくなる。


一方、僕が抱くガサツのイメージは
100点を目指さず満遍なく作業をする人間である。

使い終わった食器はすぐに洗うけど
シンクにゴミは落ちたままという感じ。

80点で満足している。


僕はそういう20点の差が許せない時がある。

ただ逆の立場からすると
普段何もしない人間が突然本気を出したぐらいで
ああだこうだ言われるのはシャクに障るだろう。

つまり僕のようなズボラ人間と
ガサツ人間は相容れないのである。


しかし
単純に相容れないと決めても良いのだろうか?
相互に補佐的な関係とも言えるのではないか。

僕だけでは0点と100点しかないが
二人になれば80点と100点のサイクルになる。

そちらのほうが絶対に良いはずだし
そう理解はできるのだが…
やはりガサツな人を受け入れることは難しい。


。。


そうは言っても相手の判断基準によって
誰でもガサツに成り得るというのも事実だ。

判断基準とは「相手の満足度」である。

米の洗い方ひとつをとっても多種多様で
本人は良くても他人から見ると0点かもしれない。


人のこだわりに付き合うのは大変だし
毎日100点を目指すのは骨が折れる。
ある程度の妥協は必要だと思う。

職場であれば全体の基準を高めるために
明らかなガサツさは矯正されるべきだろうが
家庭ではどうか?

トイレットペーパーを前後ろ逆に設置しているとか
大きな支障があるレベルでない限り
我慢することも必要になってくるだろう。


最近は子供自身がオモチャそれぞれに対して
どこに収めるのかにこだわりが強すぎる。

適当に片付ける僕は子供から見ると
ガサツな人間と評価されているかもしれない。